《“魚食危機”生態系の変化で魚が食べられなくなる!?》
COP29開催でも話題!気候変動の影響により大きく変化する海洋事情!
“未来の魚食”や回転寿司業界を持続していくための「くら寿司」の取り組み
今夏も酷暑など異常気象が続いていますが、欧州連合の気象情報機関であるコペルニクス気候変動サービスによると、2024年6月まで13カ月連続で月別気温の最高値が観測されました。気温の上昇は海洋にも大きな影響を与えています。2024年4月の南緯60度―北緯60度の海水温は21.04℃と、2024年3月に観測された史上最高記録の21.07℃とほぼ同レベルでした。2024年2月の全球平均海面水温もまた、観測史上最高値を記録、さらに日本の気象庁などによると、日本近海の平均海水温は2022年までの100年間で1.24℃上昇し、世界全体の平均(0.6℃)を上回っているというデータが出ています。
〇日本近海の全海域平均海面水温(年平均)の平年差の推移
図の青丸は各年の平年差を、青の太い実線は5年移動平均値を表します。赤の太い実線は長期変化傾向を表します。平年値は1991年〜2020年の30年間の平均値です。
出典:気象庁「海面水温の長期変化傾向(日本近海)」
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/data/shindan/a_1/japan_warm/japan_warm.html
気候変動という国境の無い問題解決に向け、世界中の国々が集まって話し合い、具体的な行動計画の策定や国際的な合意を行うため、2024年11月に「国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)」が開催されます。COPは1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミットに端を発し、本サミットで国連気候変動枠組み条約が採択され、1994年に発効しました。翌年の1995年に第1回締約国会議が開催され、1997年のCOP3で採択された京都議定書は、気候変動枠組条約の中でもとりわけ有名です。各国の政府、学者、非政府組織(NGO)、ビジネスリーダーなど、さまざまなステークホルダーが参加し、多様なテーマに関するイベントやセッションが行われ、気候変動に関する最新情報が交換され、議論が行われます。
今年のCOP29は、2024年11月11日~22日に、アゼルバイジャン共和国バクーで開催。気候変動について、その対策資金面も議題に上がるといわれています 。
気候変動による海洋温度の上昇は魚種や漁獲量にも影響を及ぼしており、北海道でサケやサンマが不漁だったり、東北で南方系の魚が水揚げされたり、各地の漁場での魚種や漁獲量にも大きな変化が見られます。魚種や漁獲量が予測困難で不安定な時代、魚を扱う回転寿司業界、そして魚食を楽しみ続けたいと願う消費者の意識も変わっていくべき過渡期に来ています。
今回、くら寿司では、気候変動による海の生態系の変化や、海の環境を守っていくことの大切さについて、実際の漁業関係者や生態系の専門家にヒアリングを行いました。また、海に関係する企業として、気候変動を踏まえ今取り組んでいること、今後取り組んでいきたいことについて紹介します。
1種類の生き物がいなくなっただけで生態系が崩れることも
予測不能な自然を予測するための研究と
未来の海を守るために留意すべきこととは
気候変動による漁場の変化によってどのような事態が起こるのか。影響と今後の対策について、「環境DNA」を駆使した海洋生物のビッグデータ構築を進める東北大学近藤教授に伺いました。
――気候変動等により、1種類の生き物がある場所からいなくなると、生態系にどんな影響があるのでしょうか。
自然はとても複雑な精密機械のようなものです。海の中では、哺乳類、魚、プランクトン、海藻やサンゴ、その無数の生き物たちが影響し合い、増えたり減ったりしながらバランスを保っています。例えば、ある地域で1種類の魚が獲れなくなったとします。「たった1種類だし、別の地域で獲れるなら問題ないのでは」と考える人もいるでしょう。実際は、たった1種類がいなくなったことで、全体のバランスが壊れ、ほかの生き物が存続できなくなる可能性も大いにあるのです。
――魚の獲れる場所が変わることで、漁業関係者、生活者にはどのような影響があると考えられますか。
ある魚が別の場所で獲れるようになったとしても、そのある魚が獲れてこなかった地域で商品化することは容易ではありません。魚を獲って、加工して、流通させる、という仕組みが整っていなければ、容易には実現できないのです。ならば加工場を協力して作ればよいかというと、それもそうではない。その魚が獲れるのは今年だけかもしれませんし、3年先には全く獲れないかもしれないのです。獲れる状況がどれくらい続くのか予測できないと、漁業関係者に大きなリスクが生じてしまいます。これからはどうやって新しく獲れるようになった魚、いなくなった魚に適応していくかが、関係者の大きな課題になっていくと思います。
――気候変動などで漁場は日々変化していますが、未来の海の状況を予測することは可能なのでしょうか。
2012年から環境DNA※の研究を始め、2017年から全国各地でのサンプル採取を継続しています。生態系の変動予測はまだ世界でもほとんど成功していない分野です。やっとここ数年で、できる可能性が出てきた、という段階でしょうか。そのように、自然はさまざまなものが複雑に絡み合っていて予測が難しい。だからこそ地道に環境DNA研究を行い、データを取り続ける必要があるのです。環境DNAで得た大量のデータと良いモデリング、この二つが予測の鍵になってくれると期待しています。研究結果も2024年中には見えてくる予定です。
――海洋や自然を守っていくために、企業や消費者が留意すべきことは何でしょう。
大量の商品に囲まれて都市で暮らす人々には、海の温暖化の危機感が伝わりづらいかもしれませんが、今まで獲れていた魚がどんどん獲れなくなっていることは事実であり、地域にとっては大きな問題です。企業は、地域の自然が維持される方法で商品を流通させ、購買が起きる仕組みづくりが必要です。消費者が今日からできることといえば、自然に配慮した商品を選んで買うということです。ある意味、購買という行為は選挙みたいなものですよね。買えば買うほどそこにお金が流れて、持続的な産業になっていく。きちんと商品を選び、企業を応援することこそ、消費者ができる自然への貢献だと思います。
※環境DNA調査とは…川や土など、その環境で生息する生物由来のDNAからその地域、水域に生息する生物の種類組成の全体像を把握する調査。
東北大学大学院生命科学研究科 教授 近藤倫生(こんどう・みちお)氏
京都大学理学部卒業、京都大学理学研究科博士後期課程修了(博士(理学))。
日本学術振興会PD、龍谷大学理工学部講師、准教授、教授を経て、2018年4月より現職。
環境DNA学会(2018年設立)初代会長。
日本生態学会宮地賞(2004年)、日本数理生物学会研究奨励賞(2009年)、
Akira Okubo Prize(2011年、日本数理生物学会・Society for Mathematical Biology)、
文部科学大臣表彰若手科学者賞(2013年)受賞。
「5年間で獲れる魚種が大きく変化」
予測不能な魚種の変化への対応と“一船買い”契約
日々漁師と共に活動されている愛媛県漁業協同組合魚島支所の塩見さんに、実際の漁場でどのような事象が起こっているのか、また漁場の変化に対してどのような対策を考えているか、お話を伺いました。
――近年、魚島で獲れる魚に変化はありますでしょうか。
これまで魚島で獲れる魚の1位は真鯛、2位はカレイ類でしたが、直近2年ほどは瀬戸内海で獲れなかったハマチが増えて2位の漁獲量となるなど、獲れる魚の種類が変化しています。海水温の上昇に加え、海の生き物のエサになるプランクトンの成長に必要な窒素やリンなどが減り、5年ほど前から海底にいるエビ類・マコガレイ・タチウオなど価格の高い魚介類が獲れなくなり、漁師の収入は減少傾向にあります。
――ほかに気候変動の影響と考えられることはありますか。
海水の温度が高くなったことでクラゲも異常発生しており、網にかかるとほかの魚が傷ついたり、重くて網が揚げられなかったり等の問題が発生しています。これも気候変動と関係があると感じています。
――獲れる魚が変化していく中、どのような対応が考えられますか。
獲れる魚の予測ができないことに苦心していましたが、2017年からはくら寿司さんと定置網で獲れた魚を種類ではなく、重量に応じて年間契約で決めた価格で買い取ってもらう「一船買い」契約を結び、魚種・魚価に変動があっても、安定した収入を得ることができています。また、出荷の準備などをチームで行うため、漁師間の絆も深まったと思います。さらに、研修生を迎えるなど後継者のことも考えられるようになりました。これまで、研修生が技術を習得して漁師になっても、売り先を自分で見つける必要がありましたが、一船買いをしているからこそ、一人前になった後も売り先(くら寿司)があり、獲ることに専念することができるのは大変ありがたいです。
気候変動への対応としては、魚への直接的な対策だけでなく、昨今注目が集まっている海業(うみぎょう)※も一つのアプローチだと考えています。若手漁家を受け入れるに当たって、空き家をゲストハウスとして改修し、若手漁家への下宿サービスおよび観光客への民宿サービスを展開することを検討しています。漁業だけでなく、魅力ある海の資源を生かして、観光業など他の産業も巻き込み、持続可能な漁村・島の在り方を考えていきたいです。
※海業とは…令和5年度水産白書にも記載があった海業は、海や漁村の地域資源の価値や魅力を最大限に活用することにより、地域の所得や雇用機会の確保等を目指す事業。水産庁では地域の理解と協力の下、地域の水産業を活性化する海業の取り組みを促進している。
愛媛県漁業協同組合 魚島支所長 塩見尚徳(しおみ・なおのり)氏
1975年愛媛県上島町弓削島生まれ。自動車整備の仕事に就き、岡山と福山で整備工場勤務をした後、魚島へ移住。
現在、愛媛県漁業協同組合魚島支所長。
仕事は「だんべ(魚の血抜き)」や漁獲高管理、融資、燃料販売など多岐にわたる。
くら寿司との一船買い契約で漁師の収入安定化を図ったり、2022年からは新規漁業者の受け入れを開始したりと、
漁師の未来へつながる活動にも積極的に取り組む。
【参考】天然魚プロジェクト(2010年~)と一船買い(2015年~) の取り組み
子や孫の代まで、日本の魚が食べられる未来のために漁業者様との共存共栄を目指す当プロジェクトでは、2010年から全国116カ所の漁港・漁協様と直接取引し、新鮮な魚を仕入れています。さらに2015年から定置網にかかった魚を丸ごと買い取る「一船買い」を開始。定置網で獲れた魚を重量に応じて年間契約で決めた価格で買い取るため、漁師さんは市場価格に左右されずに、また、あまり流通していない市場価値の低い魚でも引き取ってもらえるメリットがあります。一方、当社にとっては、豊富な魚種を安定して仕入れることができ、お客様に魅力ある商品としてお届けすることができます。
獲れるべき魚が獲れない状況を受け、
“欲しい魚をどう買うかではなく、獲れる魚をどう売るか”
全国各地の漁港・漁協とタッグを組んで目指す、
低利用魚の価値向上と獲れた魚を活用する“地魚地食”の進化のかたち
漁場の変化を実際に現場に赴き、感じているくら寿司バイヤーの大濱喬王が、
今の海洋事情を踏まえ実践していること、これから取り組むべきこと、取り組んでいきたいことについてお話しします。
―― 昨今、漁師さんから直接打ち明けられる、漁場の変化について教えてください。
最もよく耳にするのは、「獲れるべき時期に、獲れるべき場所で、獲れるべき魚が獲れない」という声です。例えば、関西でなじみのあるタチウオという魚は、6年ほど前までは九州から瀬戸内海にかけてが非常に大きな漁場でした。今は、タチウオで生業を立てておられる漁師さんはゼロ、まったく獲れない状況が3~4年続いています。今、タチウオが水揚げされているのは、東京湾、千葉、茨城、石巻から気仙沼あたり。獲れるポジションが完全に変わってしまった感覚があります。
―― 獲れるべきものが獲れない、海の変化を感じ始めたのはいつごろからですか。
「天然魚プロジェクト」をスタートさせた2010年ごろには、すでに変化を顕著に感じていました。あまり耳なじみのない魚、食べる機会のない魚が網にかかる割合が増え、漁師さんの収入に影響が出始めたんです。そこから欲しい魚だけを買うのではなく、獲れた魚を重量に応じて決めた価格で買い取る「一船買い」の話が持ち上がりました。また、獲れるべきじゃなかった低利用魚(おいしさが世の中に認知されておらず、あまり市場に出回っていない魚)に対して、われわれができることを考え抜き、商品化を進めるようになりました。低利用魚はおいしい魚であるということを訴求し、低利用魚の価値を少しでも上げることが、全国の漁師さんの収入につながる、という思いで続けています。
―― 低利用魚だったシイラも少しずつ認知され、人気が高まっているそうですね。
根本にあるのは、今この日本で獲れる魚を最大限に活用したいという思いです。スーパーで初めて低利用魚を見ても、買ってみようとはなりにくいと思いますが、すぐ食べられる刺身の状態で一皿ごとに提供する回転寿司のスタイルはお手軽で、低利用魚の最適なお試し場所です。例えばシイラの握りがおいしかったら、数日後にスーパーで見たシイラを買ってくださるかもしれない。そのためには、おいしくない商品は絶対に出せないので、必ずおいしく商品化した低利用魚をお出しして、日本全国の天然魚の付加価値を上げていきます。平日17時まで限定で販売している「旬の海鮮丼」にはシイラが入っていることもありますし、9月にはシイラを使った握りを販売予定です。
――近藤氏からは、「どうやって新しく獲れるようになった魚、いなくなった魚に適応していくかが、関係者の大きな課題」と伺いましたが、今後、全国の漁場に対し、くら寿司としてサポートできると考えることはありますか。
くら寿司では、地産地消ならぬ「地魚地食」の取り組みで、国産天然魚用の自社加工施設「貝塚センター」を含め、全国18カ所まで加工場を増やしました。これまで貝塚センターで培ったくら寿司のノウハウを、その産地にご提供して、その加工方法でおいしく召し上がっていくスキームはできているので、これまで獲れなかった魚が獲れるようになっても、くら寿司の加工場を活用していく可能性はあります。
また、くら寿司では全国に店舗があるのも強みだと考えており、「地魚地食」の取り組みにおいて、その地域で獲れた魚をその地域の加工場で加工し、その地域の店舗で召し上がっていただく流れになっていますが、気候変動によって今までその地域で食べられていなかった魚種が獲れて、なかなかその地域で食べられない等の状況が起こった際には、その魚種が人気のある地域で売るということもできると考えます。
水揚げ時期が変わったり、逆にこれまでたくさん獲れていたものが少なくなったり、さまざまな状況が起こっており、今後どうなっていくか分からない中で、くら寿司ではこれまで100種類以上の天然魚を貝塚センターで加工しているという実績があり、これから起こる気候変動の影響に臨機応変に対応できるのは、われわれの強みです。
※大濱喬王 (おおはま・たかお)…2015年入社。
専門知識を生かし、天然魚プロジェクトの担当バイヤーに就任。
持続可能な漁業を実現するために全国の漁港を東奔西走している。魚の知識はくら寿司随一。
【参考】地魚地食の取り組み(2023年4月〜)
「天然魚プロジェクト」でつながる全国の漁港・漁協様の協力の下、2023年から動き始めた取り組み。各地域で水揚げされた地魚を使ったメニューを、各地域内の店舗にて販売。それぞれの地域の旬の地魚をお楽しみいただける、地産地消ならぬ「地魚地食(じざかなじしょく)」の取り組みです。全国の漁業者様とのネットワークも生かし、地域の漁業者様、地域の水産会社様、地域の店舗が連携するシステムを構築。各地域の漁港で水揚げされた水産物を、それぞれ拠点となる全国各地の協力先の水産加工場で加工し、地域内の店舗に送ります。地域における地魚の消費を促すことで、地域の漁業者様を支えることにもつながります。
※秋のラインアップの一例…【北海道】苫小牧漁協 北寄貝(一貫)、【福島・宮城】石巻港 なまこ酢、【東京・埼玉・群馬・神奈川】三浦半島 炙り釣り金目鯛(一貫)、【北陸】北陸 ほっこくあかえび、【和歌山】紀州日高漁協 ぐれ(めじな)、【徳島・香川】うず華はまち、【沖縄】沖縄 美ら海 イラブチャー(なんようぶだい)(一貫)
(参考情報)
海の温暖化、環境変化に対応しながら、新しい漁業創生のかたちを推進
未来の魚食文化につながる、当社の取り組みをご紹介
○天然魚 魚育(うおいく)プロジェクト(2019年~)
市場に出荷しても値が付きにくい定置網にかかったハマチやタイの未成魚を、養殖用の生けすで寿司ネタにできるサイズにまで畜養。また、「磯焼け」の原因となり、駆除対象となっているニザダイは、定置網にかかることが多い一方で、その独特のにおいから食用としては敬遠され、市場にほぼ出回っていない魚ですが、一定期間エサとしてキャベツを与えることで、においが薄まることが分かり、商品化に成功しました(※今季は水揚げがないため販売予定なし)。限りある海洋資源の保全と、商品の高付加価値化による漁師さんへの還元につながる取り組みです。
○「KURAおさかなファーム」設立(2021年11月)
漁業の持続可能な発展と魚の安定供給を図るため、くら寿司の子会社として設立。主な事業内容は、国際的基準を満たしたオーガニック水産物として日本で初めて認証取得した「オーガニックはまち」の生産と卸売、そして、人手不足と労働環境改善を目指した、AIやIoTを活用した「スマート養殖」です。スマート養殖では、外部の生産者の方々へ養殖を委託し、同社が中長期契約で全量買い取りすることで、生産者の方々の収入安定化を図ります。これらを通じ、グループ内で生産から販売まで一気通貫の体制を構築し、安定した供給量確保とコスト管理を実現することで、お客様により高品質でリーズナブルなお寿司の提供を目指します。また、生産者の方々や漁協とも連携し、収益機会の提供と労働効率の改善を通じて、「若者の漁業就業」や「地方創生」への貢献にも取り組みます。